日々是平穏

こちらは黒辺あゆみが創作について語るブログです

車が多いぞ連休中日

今日は父の月命日のお参りに、お寺まで行ったんですよ。

我が家のお墓は熊本にあって、車で下の道をドライブがてらで二時間程度。

コンビニによったりしながら行くんですが、まあ車の多い事!

連休というのもあるけれど、新型コロナで自粛だの人が多い所にいかないでだのと言われますけどね。

この車、明らかに行き先は阿蘇だよね? って思った。

街へ出かけるのは危ないから、大自然へ行こうぜ! ってことなんだろうか?

いつもなら、まだ寒くて雪が残っていたら危ないところなんでしょうけど。

今年のこの暖かさだと、ちょうどいいドライブ日和って感じですし。

明日まで天気が良さそうだし、きっと明日も多いんだろうなぁ。

 

ところでお墓参りって、今どきはしない家族も多いみたいですね。

お寺での法事を、初七日までしかしない人も結構いるんだとか。

まあそれは人それぞれなんでしょうが。

でもお墓って、生きている人に管理してもらわないと成り立たないわけで。

そして自分がお墓参りしてみせないと、子供はお墓は参らなきゃいけないものだってことを知らずに育つんですよね。

実は私の身内に、おばあちゃんは熱心にお墓のお世話をしていたんだけど、それを子供や孫を付き合わせないで一人で完結させてた家があるんですよ。

お盆のお墓参りにも、他の家族は「用事がある」とかで行っていなかった。

それを「仕方ない」ということで、おばあちゃんが一人で墓守をしていたんです。

いつか自分が入る墓だからってことで。

なのに、それだけ心血注いでいたお墓なのに、おばあちゃんがホームに入ったとたんに、子どもたちはちょっとした不都合が出て墓代えを遂行。

……墓が遠いとかじゃなくて、ご近所と揉めて居づらいってことだったんですけどね。

結果、そのおばあちゃんは縁もゆかりもない、ついでに誰もお参りに来てくれないお墓に入るしかなくなったって話なんです。

これ、おばあちゃんが可哀想という見方もあるんでしょうけど。

問題はおばあちゃん以外の家族が、お寺との付き合いをアパートの引っ越し程度の軽い認識しかなかったってこと。

酷な言い方をすると、お墓参りとかお世話とかに他の家族を誰も連れて行かなかった、おばあちゃんにも罪があるというか。

他の家族にとってはキャンセルしても支障のない、むしろやる意味の分からない行事でしかなかったんですよ。

なにせ、子どもすら人生でお墓のあるお寺に行ったのが片手で数える程度だと言うんですから。

これが、どんな用事よりもお墓参りが優先だって教えて、お寺の用事に孫の一人でも付き添わせていたら、お墓のことに誰かが反対したと思うんですよ。

実際我が家は二時間かけて墓参りすることに、文句は出ませんから。

だから、お墓参りを家族みんなでするって、大事なことです。

自分がお墓に入った後でちゃんと家族にお世話してほしいと思ったら、お墓参りの癖をつけさせること。

そのためには物心つく頃からお墓参りを恒例行事にして、大人が都合で「行かない」なんてことに極力ならないように努力する。

これに尽きます。

お彼岸やお盆は旅行のための連休だと考えている人もいるでしょう。

けど、いつか誰でも必ず入ることになるお墓。

今は自然葬みたいなのが流行っているけど、それもお参りする必要はあるでしょう。

そうなった時、お参りに訪れて生前を追い出してくれる家族がいるかどうかは、今の自身の行い次第ですよ!